東京高等裁判所 昭和56年(ラ)218号 決定 1981年4月09日
抗告人
(府中刑務所在監)三浦正久
相手方
木村昌彦
主文
原決定を取り消す。
本件証拠保全の申立を却下する。
申立費用は原審及び当審を通じ抗告人の負担とする。
理由
本件抗告の趣旨は、主文第一項と同旨であり、その理由は、「原裁判所は、抗告人と相手方間の本案訴訟が東京地方裁判所八王子支部に係属しているから、本件証拠保全事件の管轄は右裁判所にあつて原裁判所にはない、として右事件を前記裁判所に移送する旨の決定をなしたが、抗告人は、昭和五六年三月一七日、前記本案の訴を取り下げたから、本件証拠保全申立事件は、その対象文書を所持する静岡刑務所浜松拘置支所のある地の原裁判所の管轄に属することとなつたので、原決定の取り消しを求める。」というのである。
そこで一件記録を調査するのに、抗告人は、昭和五六年一月二一日、相手方を被告として東京地方裁判所八王子支部に対し損害賠償請求の訴を提起(同庁昭和五六年(ワ)第五八号)し、同月三〇日、本件証拠保全の申立を原裁判所になしたこと、然るに、抗告人は、原決定のなされた後である同年三月一六日、右訴を取り下げ訴訟係属は消滅したことが認められる。
しかし、本件のような証拠保全の申立もその管轄は申立の時を基準としてこれを定めるべきものと解されるから、本件証拠保全申立事件は、該申立当時本案訴訟の係属していた東京地方裁判所八王子支部の管轄に属するものとした原審の判断は正当として是認することができる。
ところで、さらに進んで検討するのに、証拠保全は、本来訴訟中の証拠調の時期になさるべき証拠の取り調べを、その時期を待たずに予めなしおく手続であり、殊に、本案の係属中になされた証拠保全の申立は、あくまで当該訴訟の立証の一方法としてなされるものであつて、本案訴訟に附随する手続であるから、本案訴訟が取り下げられ、訴訟係属が消滅した以上、右申立は、その利益を失つたものというべきである。本件のように一旦本案訴訟を提起した者がこれを取り下げた以上、その者が近く改めて対象文書を所持する者の居所を管轄する裁判所に訴を提起すると述べているという一事により、証拠保全の申立が訴訟の提起を前提としており、その限りで申立の利益を有しているものと解することはできない。
よつて、職権により原決定を取り消し、本件証拠保全の申立を却下し、申立費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり決定する。
(蕪山厳 浅香恒久 安國種彦)